南郷五丁目にある。平安時代の弘仁6年(815)、空海がこの地を訪れたとき、観音の化身である白い鹿が、瀬田川の急流を飛び渡って立木山の霊木に導いた。その木で観音像をつくって安置したのが当寺の始まりという。空海がその時42歳の厄年であったため厄よけ観音として知られる。