大津市歴史博物館

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大津の歴史事典

 分野:人物

大友皇子

おおともおうじ (648〜672)

天智天皇の子。大化4年(648)に生まれ、伊賀皇子と呼ばれた。671年わが国最初の太政大臣に任ぜられた。同年、天智天皇が崩御するや、左大臣蘇我臣赤兄、右大臣中臣連金らとともに近江朝の政務をとったが、翌年の壬申の乱で天智の弟で皇太子の大海人皇子(おおあまおうじ=のちの天武天皇)と皇位継承を争い敗れ、自ら縊死した。その終焉の地という「山前」の場所については、古来諸説があって決めがたい。文武両道にすぐれ、邸宅に百済から亡命した学者を招いて賓客としたといい、奈良時代の漢詩集『懐風藻』に漢詩二首が収められている。弘文天皇の天皇号は明治3年(1870)の追贈。陵墓の長等山前陵は大津市役所の西側。