博物館の活動紹介
第23回 博物館学芸員実習 乗念寺寺宝展を終えて
平成19年8月24日(金)、博物館学芸員実習の一環として、乗念寺寺宝展を行ないました。一日限定の展覧会でしたが、予想以上の反響に担当として驚いています。これについて簡単な報告をしたいと思います。
博物館実習とは、博物館学芸員を目指す各大学の大学生が、資格取得のために受講しなければならない実習形式の授業で、各博物館が学生を受け入れて行なっているものです。当館でも、毎年夏休み期間中に約15大学、40人ほどの学生が集まり、5日間の日程で行なっています。以前は講義形式を主として行なっていましたが、最近は、せっかく博物館で実習を行なうのだから、なるべく実際の現物に触れてもらおうという意図のもと調査を中心に行ってきました。今年は、乗念寺に伝来する軸を中心とした宝物の悉皆調査と、園城寺に伝わる棟札の調査を行いました。そして、今回初めての試みですが、実習カリキュラムの一つとして、調査の終わったばかりの乗念寺の宝物を、1日だけ展示したのです。
とはいえ、それほど軸の扱いに慣れていない学生ですから、まず1日目の午後からは、館蔵のレプリカを使って特訓を行い、正しく扱いが出来るようになるまで練習をさせました。2日目からようやく、約100幅ほどある軸を中心とした寺宝のナンバリング、調書の作成、写真撮影を行い、寺宝台帳を作成しました。そして、3日目の午後に、実際の展示ケースに寺宝を展示していったのです。ある程度はわれわれ学芸員が指示して展示構成を考えましたが、後半部分などは大方、実習生に任せました。いろいろと考えて相談のうえ、我々とは違う独自の展示を作り上げていきました。何分、準備期間のほとんどないものですので、所々不備がありましたが、それも愛嬌。立派な寺宝が多かったおかげもあり、なかなかの展示に仕上がりました。スペースの関係上、全てのものを展示できなかったため、残りのものはじゅうたんに軸箱を並べて置きました。調査途中の雰囲気を残すべく、わざと無造作に。また隣の部屋で実習生が、別の調査(園城寺の棟札)をしている風景も見ることが出来るようにしました。それらはまさにこの展示が実習の一部であることを観覧者にも感じてもらいたかったからです。見学にいらっしゃっていた乗念寺様のご意向で、展示していない軸も2本、急遽露出で展示することとなり、急いで結界を張り、実習生が監視役を勤めるなんてこともありました。新聞各紙も今回の試みに興味を持っていただき、実習生による展示ということ、今まで未調査の寺宝の初公開という点など、様々な面から取り上げていただきました。そのおかげもあり、朝から多くのお客さんがご来館くださりました。特にお寺さんの関係者の方々に多く来ていただき、この展示がご協力いただいたお寺さんにもきちんとお役に立てていると実感できました。
今回の試みは、①地域にある博物館学芸員として、その地域に所在する文化財をきちんと調査し、その実態を把握し、正しく評価を行い、活用していくための基本活動、というのが主目的です。当館としても、乗念寺の寺宝を具体的に把握でき、重要作例の発見にもつながったことは意義が大きかったと思います。それに、②お寺としても、寺宝にどのようなものがあり、今後どのように保存などの対策をとるべきかなどを知り、考える機会となり、檀家や関係者にも説明しやすくなり、③博物館実習生としては、本物の文化財に触れることによって、その扱い方を体感し、具体的な保存方法、展示方法を学ぶ機会を得ることが出来て、その結果、④初公開という形で市民のみなさんに大津の豊かな文化財の一端を見ていただくことが出来た、というような成果を得ることが出来ました。
今回お世話になった大津市京町の浄土宗古刹、香光山乗念寺は、江戸時代には浄土宗の大津五カ寺の一つとして、大津の浄土宗の中心寺院の一つでした。寺宝として、重要文化財の木造聖観音立像が有名でしたが、それ以外のものについてはほとんど未調査で、今まで紹介されることがありませんでした。今回調査した宝物の中には、明治24年の臨時全国宝物取調の際、九鬼隆一や岡倉覚三(天心)の監査状の附属する鎌倉時代の浄土曼荼羅図(当麻曼荼羅)があり、これは新発見作品として今後専門家の間では注目を浴びることでしょう。さらには、中世に遡る来迎図や、かつては今の大津駅の場所に所在した秋岸寺の宝物、そして竹久夢二の軸などもありました。また各寺宝には江戸時代の銘文が多く残り、史料の少ない江戸時代の大津町の人々の生活を知る上でも貴重な情報を与えるものとして注目されます。実習も展示も終わり、実習生は帰ってしまいましたが、それらの考察や、調書の完成、写真撮影などなど、残された我々学芸員には、沢山の夏休みの宿題が残されていて、我々の暑い夏はなかなか終わりません。
なお、寺宝展は1日だけではもったいない、期間を延長してほしいというご意見も多数頂戴いたしましたが、展示の「かたづけ」も実習生の仕事のうちですから、しょうがないのです。来年度(1日寺宝展を実施するかどうかは未定)は機会を逃さずご来館いただきたく存じます。
(学芸員 寺島典人)