大津市歴史博物館

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第37回 ニックネームを持つ瓦

   南滋賀廃寺から出土する軒瓦のなかに、「さそり(サソリ)瓦」というニックネームを持つ軒瓦があります。軒丸瓦のデザインは、一般的には蓮の花を真上から見たものですが、この軒瓦の文様は蓮の花を横から見たものです。また、その形態も通常の軒丸瓦ではなく、全国的に見て極めてめずらしい方形をしています。このことから、この瓦の正式名称は「蓮華文方形軒瓦」、あるいは「側視形蓮華文方形軒瓦」・「側面蓮華文方形軒瓦」などといいます。それでは、いつ頃から「さそり(サソリ)瓦」と呼ばれるようになったのでしょうか。

方形軒瓦 近江神宮蔵 さそりイラスト
真上から見た蓮の花 横から見た蓮の花

  昭和3年に南滋賀廃寺の発掘調査を実施した肥後和男氏は、昭和4年に発刊された『滋賀県史蹟調査報告第二冊』の中でこの瓦のことを取り上げています。肥後氏は、この瓦を鬼瓦と考え、その文様について「蜘蛛とも蠍とも見える動物の姿を倒しまに描いて見る人に少しく不気味の感じを与えるものである」と記しています。肥後氏はこの瓦の文様から、さそりが尻尾を逆立てて、相手を威嚇している姿を連想したのでしょうか。また、昭和六年に発刊された『滋賀県史蹟調査報告第三冊』では、肥後氏は鬼瓦説を訂正し、「蠍模様方形疏瓦」との名称を使用しています。ここでいう疏瓦(つつみがわら)とは、軒丸瓦のことであるとみられます。そして、方形疏瓦の文様については、蓮華の変化したものと認めつつも、下端の頭に当たる部分が二つに割れていることと、弁の先端が爪形をしている点から、「この原型を作った人は明らかに蠍風の動物を意識していた」と推測しました。肥後氏は「蠍」説をあきらめ切れなかったのでしょう。この肥後氏の見解から、「さそり(サソリ)瓦」の名称が生まれたようで、その後、「俗称サソリ文瓦」・「いわゆるサソリ文瓦」・「通称サソリ文瓦」などの用語が使われるようになります。
 ただしここで、注意しなければならないことがあります。「さそり(サソリ)」に「文」を付けて「さそり(サソリ)文瓦」とすると、さそりの文様を持った瓦という意味になります。この用語は誤りであり、ニックネームで呼ぶときは、あくまで「さそり(サソリ)瓦」とすべきでしょう。

(本館学芸員 青山 均)