大津市歴史博物館

博物館の活動紹介

第1回 天台史料の宝庫 叡山文庫

 大津市内の寺院史や天台仏教を研究するにあたり、避けて通れないのが叡山文庫です。その名のとおり、比叡山の書庫の役割を果たす、総冊数百三十万冊余を誇る大図書館で、延暦寺の里坊がたちならぶ坂本に所在しています。

叡山文庫外観
叡山文庫外観

 比叡山はその開創当時から、経典などを収蔵する蔵を重要視してきました。最澄が比叡山寺(延暦寺)の中心として建立した一乗止観院(根本中堂)には、薬師如来を奉る止観院と文殊堂そして根本経蔵からなっており、中心伽藍の一つとして扱われていたのです。その後も、円仁が請来した「真言蔵」や、円珍の「山王蔵」などは特に有名で、それら以外にも、三塔十六谷の各エリアや、山坊、さらに山麓の各里坊などにも多数の蔵が所在していました。戦国期の戦乱により、比叡山は大打撃を受け、これらの貴重書を納めた蔵も失われましたが、一山の復興に伴い南光坊天海の「叡山天海蔵」(山門蔵)や、実俊の東塔南谷実蔵坊の「真如蔵」をはじめ、積極的に書写蒐集が進められました。これら比叡山の各蔵に伝来した史料を、大正10年(1921)の伝教大師一千百年御遠忌記念事業として収蔵そして公開のために創設されたのが叡山文庫です。
それにしても、叡山文庫は、複雑で奥深く、この膨大な史料を調べるにあたり、まず参照すべきなのは、『昭和現存天台書籍綜合目録』や『国書総目録』そして、『叡山文庫文書絵図目録』等です。特に後者は、東塔止観院文書など約3万点もの各里坊等に伝わった古文書と古絵図の目録であり、蔵書ごとに記載されていて、基本書となります。これらであたりをつけて、実際に文庫を訪れ、書名カードを検索し、さらに、開架されている各蔵書の目録を一つずつ調べなければなりません。そうして漸く書名と請求番号を調べたうえで、閲覧請求を行うわけです。しかし、同じ書名のものが沢山あり、それらが同じ本の写本の場合もあれば、部分的に書写したもの、または、全く違うものの場合もあります。また、『山門新記』(滋賀院文書)と『山門三塔并葛川記録』(止観院文書)『三塔諸堂之由緒付葛川』(生源寺文書)などのように、違う書名であるのに、記述が同じ物という場合も多数あり、複雑です。また、『阿娑縛抄』のように一つの書名で、大量に巻数があるもの、さらには古絵図のなかには、余りにも大きすぎて文庫では開けられないものもあります。まさに根気とやる気が必要で、その分、新たな史料に出会ったときの喜びは格別です。何よりも、原資料を実際に手にして調べる醍醐味は叡山文庫ならではのもの。そして、やっと史料を手にして初めて研究が出来るわけですが、開いてみると意中のものでないこともしばしば。更なる困惑がいつも待ち受けています。このように困ったときは、文庫長をはじめとした職員の皆さんに相談してアドバイスを戴くのが一番です。みなさんとのコミュニケーションは、難解な古文書、古記録と向かい合う力を与えてくれます。

なお、利用するにあたり、

  • 一週間以上前に電話(〇七七-五七八-〇五〇五)で予約
  • 当日は紹介状(所属長もしくは延暦寺一山住職)と身分証明書持参
  • 館外貸出しや写真撮影は許可していない(一部コピーは可)

などの規定があります。

 このような比叡山や坂本の史料の宝庫である叡山文庫には、まだまだ十二分に利用されていない史料が多く眠っており、今後は、より一層、積極的な活用が必要と思われます。

(本館学芸員 寺島典人)